結論
A.「光景」は篠澤広がアイドルと出会い、目指すことを決めた瞬間を切り取り描いた曲である。
……というのは、多くの人が肌で感じ取れる範疇かと思う。
今回はそれを承知のうえ、「光景」の歌詞をつぶさに読み込み、いちから紐解いていく。
なお、本記事は以下のルールに則って書く。
・歌詞のテキストは公式から配布されているインスト音源データに同梱されているTXTデータを参照する。
drive.google.com
・本文中で歌詞の一部を引用する際は当該部分に" "(ダブルクォーテーション)を使用する。
・歌詞内のテキストから逸脱した範囲に言及する際、客観的に判断できる解釈については緑文字で、僕の推論を含む仮説については赤文字で記述する。(ふわっと主観判断)
・記事タイトルに「読む」と明言しているとおり、基本的にはあくまで歌詞の内容のみを解釈し、楽曲の音楽的表現やMVのアニメーションについては考えないものとする。それはそれとして楽曲もMVも素晴らしいので本記事を読む前に以下の動画の視聴を強く推奨する。
・ゲーム内コミュの記述を解釈に使用する場合、脚注に参照元のコミュを付記する。表記はゲーム内メニュー「コミュ」ページで閲覧する際の階層に準拠する。
親愛度第10話の内容に触れる部分があるので未読の方は閲覧注意!!!
以下本文。
「光景」を読む
たのしみねまた
声がしたの
それで ふれて
早速だが、篠澤広がアイドルに出会うシーンが描写されている。
"声がした"のは"また"であるとの記述から、"たのしみ"に触れる機会は彼女にとって比較的ありふれたものであるとわかる。
広の持つ強い好奇心・未知に対する興味が彼女の行動原理であり、天才性の源泉である、というのが個人的な篠澤広への理解なのだが、このフレーズからはその一端が伺える。少なくとも、新しい物事に触れることは彼女にとって常に"たのしみ"なのだ。
とはいえこの時点ではアイドルにあくまで「数ある興味のひとつ」でしかなかっただろう。
確かめられない 光の目が
わたしをひらく
このフレーズでは、数ある未知のうちのひとつだった「アイドル」という概念が彼女にとって特別なものになり、アイドルを目指した瞬間が描写されている。
"確かめられない":ここでは「確認できない」という意味ではなく、「確かなものにできない」=「よくわからない」、ぐらいのニュアンスだと解釈している。
これまでやってきた勉学において苦労したことがない*1という広にとって、「よくわからない」「理解できない」ことは稀、とまではいかなかったとしても、あまりないことだと考えてよいだろう。
「なぜアイドルが『わからない』ことだったのか?」についてはもうちょっと話を進めてから触れるのでひとまず置いておくが、これが彼女の中での引っ掛かりとなった可能性は高い。
"光の目":ここで初登場した"目"についての言及だが、本楽曲においてはこの後も"まつ毛"、"まぶた"、"見えてる"、"目のおく"、"涙"と、目に関するモチーフが随所に現れる。こと「光景」という楽曲の中において、篠澤広と「目」は極めて密接に関わるキーワードだと言えるだろう。
広の本質に好奇心が強く関わっていることは先述したが、この好奇心からくる世界の見えかたこそがアイドル「篠澤広」の他に誰も持ちえない特異性だ。彼女の見ている世界を彼女のやり方で表現できれば、それだけで広は唯一無二のアイドルになれる。目のモチーフが繰り返し現れるのはそういった要素の現れではないかと思う。
本題に戻る。ここで書かれている"光の目"が具体的に何を指すのかについては、正直に言って想像の余地を出ない。僕は画面の向こうの名も知らぬアイドルがファン(ひいてはそのアイドルを見る篠澤広)に向けている眼差しのことじゃないかなと考えている。
広を表すキーワードとしての「目」の他に、この楽曲においては目やまつ毛、まぶたが篠澤広の中と外を隔てるスクリーンのようにも機能している節がある。目の内側にあるのは彼女の内面世界であり心象風景だ。
この解釈に則れば、アイドルが向ける"光の目"は広とは全く異なる価値観を持った他者の内面だ。彼女がそこに何を見出したのかはしれないが、少なくとも彼女を"ひらく"だけのものがあったことだけは確実だといえる。
"ひらく":「開く」であり、「啓く」だろう。
「啓く」は「啓蒙=蒙を啓く」といった使われ方をされるように、「わからないことを教え導く」といった意味がある。
"光の目"が日々に退屈さを感じていた広の心を開き、アイドルの道へと彼女を啓いた、と考えるのが妥当だろう。
まつ毛の向こうで
誰かが瞬く方で
"まつ毛の向こうで":先述したとおり「広の外側」だと思われる。
"誰かが瞬く方で":学園アイドルマスターという作品の舞台が「初星学園」であることからもわかるが、本作において"瞬く"星はアイドルのメタファーである。
"向こう""方"という表現から彼女の心の向かう先(≒進路希望)を示していると考えられる。
見えてるずっと先で
選んだときから
目のおくがふるえて
呼ばれる
"選んだときから"というフレーズが難解。
この直後に来るブロックの内容から考えると、ここの"ずっと先"は距離的なものではなく時系列的な「先」=将来の話をしているように思えるが、"選んだとき"という表現は明らかに過去を指しているため、解釈が難しい。
同じく"から"についても地点を表しているのか継続を表しているのかが定かでない。
"から"→"呼ばれる"と係るのであれば前者、"から"→"目のおくがふるえ"と係るのであれば後者と考えるのが日本語文法としては妥当だ。
わかるところから紐解いていけば、「目のおく」=彼女の内面世界であることは言及したとおりなので、"目のおくがふるえて"はそのまま感情の揺らぎを表すと考えてよさそうだ。
"呼ばれる":最初のブロックに"声がした"という表現があったことから、彼女の好奇心の対象を表していると類推できる。
以上を総合して、本記事での結論としては「アイドルになった将来の自分の姿を想像し、思いを馳せているシーン」として提出したい。
明るくて熱くて ひどく賑やかな
わたしの景色で
ふるえて 選ぶ
"明るくて熱くて ひどく賑やかな":ペンライトやスポットライト、コールと歓声、そのほかステージと観客の生み出す光と熱と音のすべて。
"わたしの景色で":末尾の"で"は"選ぶ"ではなく"ふるえて"に係る。
"わたしの景色"は、
①上記シーンを広自身が見ていることによって自らの目に映し出される、彼女なりの見え方の景色
②アイドル「篠澤広」がステージに立つことでそこに集うファンやステージ演出が生み出す景色
という2つの意味合いがあるように思う。
似ているが、微妙にニュアンスが違う。前者は彼女が目の内側から観測して受け取った景色で、後者は彼女の目の外側に実際に存在する景色だからだ。
先ほど"ずっと先"が時系列的なものだと解釈したのはここが主な理由だ。ステージに立つ篠澤広の姿はアイドルに出会った瞬間には実在しえないのは言うまでもない。
"ふるえて 選ぶ":ここから先は将来の想像ではなく、アイドルに出会った瞬間の広に戻ってきていると考えるのが妥当か。
センテンスとしては「心を動かされたからアイドルになることを決意する」という非常にわかりやすいものである。
わたしのまつ毛の向こうの
あなたたち,
を迎える, (迎えられたら)
迎える, (たのしみ)
迎える
1番の"まつ毛の向こうで 誰かが瞬く方で"の解釈より、"誰か"="あなたたち"=アイドル。
それを(おそらくは"まつ毛"の内側=自分の世界に)"迎える"ということは、究極的には"アイドルになること"そのものを指していると思われる。
が、ここではより深掘りをしていきたい。
カギとなるのは"光の目"の解釈だ。この"光の目"=アイドルの内面世界のことを広は"確かめられない"と表現していた。
本記事では、"光の目"が指すアイドルの内面世界を、「パフォーマンスによって誰かを楽しませようとするエンターテインメント精神」だと定義する。
この心理は、広にとっては理解しがたいモノだと考えられる。できることをできるままにやって褒められることに飽いていた彼女にとって、他者を喜ばせることはさして手応えのないことだからだ。しかし、画面の向こうのアイドルたちはその魅力やパフォーマンス、彼女たちの為したことで他者を楽しませ、それそのものを自身も楽しんでいるではないか。
その感性は広にとって未知であり、未知に対して興味を持つのは広の本質だ。……そしてPアイドルコミュでは実際に、客席にならぶ無数のペンライトを前に、ファンという存在に考えをめぐらせる広の姿が見られる*2。
「アイドルの持ち合わせる「エンターテインメント精神」が当時の広の内面にはないものだったから」。これが、「なぜアイドルが『わからない』ことだったのか?」に対する1つ目の回答だ。
この「よくわからないアイドルという生き方を理解してみたい、あのようになってみたい」という気持ちがこのブロックの内容から読解できる。
選びとった熱が
ずっと残っていて
目のおくが 愛おしく呼ばれるまたいつか
涙のような熱になるわたしの景色は
ラスサビ。詩的な表現がとても多く、解釈に困っている。
"選びとった熱が ずっと残っていて":ここからアイドルになった後の時系列に飛んでるのかなと思ってる。「レッスンやトレーニング、本番前の緊張がどれだけ苦しくとも、アイドルになりたい気持ちに心を突き動かされた時の情熱が残っているから乗り越えられる」と解釈すれば非常に広らしい文面になる……のだがいかんせん根拠がなくて困る。
なんか根拠のある解釈があったら聞かせてほしい。切実に。
"目のおくが 愛おしく呼ばれる":ここで"呼ばれ"ているのは、目のおく、つまり広の内面世界そのものである。
これまでの"呼ばれる"は広自身の興味が向かう先を示していたが、このパートでは逆にP、あるいはファンが彼女の内面に関心を持ち、呼びかけることだと解釈したい。
広は彼女の経歴をアイドルとして活用することを(少なくとも現状では)よしとしていない*3。
これにはいくつかの理由が複合しているように思うが、まずは「確実に成功する方法」に広が興味を持てないことが1点。
彼女は成功するか失敗するかわからない、というかどちらかといえば失敗に傾くような状況を好む。これも彼女の未知を追い求める精神性から来るものだろう。困難を好む側面ばかりが取り沙汰されがちだ(し、そういう部分も往々にしてある)が、成功するにしろ失敗するにしろ100パーセントの精度で結果が推測できることの「確認作業」が嫌いだというのが一番根っこにある部分……だと思う。
2つ目に「つまらなさの象徴」を活用することへの嫌悪感。これは読んで字の如くで、彼女はあくまで「できるからやっていた」のであって少なくとも大学を卒業する程度の勉強には感慨を抱いていない。せっかくアイドルになってつまらなかった日々を抜け出したのに、そこに戻っていては本末転倒だろう。
そして3つ目が、彼女の中にある「能力のみを評価され、褒められてきたことへのコンプレックスの発露」がある。彼女はこれまで勉強をすることで褒められてきた。
あるいはそれ以外の褒められ方を知らなかったのかもしれないが、とにかくそれは「勉強ができる」という能力に対する評価で、彼女自身の内面に目を向けたものではない。
「中学生の年齢で大学卒業レベルの勉強ができる天才少女・篠澤広」ではない広自身の姿で褒められたいという欲求がアイドルに触れたことで彼女の中に芽生えたことは想像に難くなく、それが端的に現れたのが「……………かわいくなりたかった。」*4という告白だ。
また、これは明確な言及がないため飛躍があるが、彼女が大学までの勉学を知的好奇心に従って好きなようにやっていたかは微妙なところだ。もしそうであれば、彼女は研究者の道に進むことを厭う性格ではないだろう。
その理由が単純に「やりたいことがなかった」からなのか、才能があるあまり「これ以上はどうやっても進歩しない人類の知的限界」と「一目見てしばらく取り組めば簡単にわかること」の境界線まで一瞬でたどり着いてしまうからなのか、あるいはどちらでもないのかはわからない。
だがとにかく、「アイドルになりたい」という気持ちが彼女にとってはじめての自発的な欲求であった可能性は高いといえるだろう。
ここで「なぜアイドルが『わからない』ことだったのか?」に対する2つ目の回答を提出したい。「これまでは言われるがままにできることをやってきただけだから、彼女自身の心の中から知的好奇心以外の欲求(=かわいくなりたかった)が出てきたのがはじめてで、その感覚を自分でも制御できなかったから」だ。
……ずいぶん長々と脱線してしまったが、3つ目の理由にそろそろ帰って来よう。
広には潜在的に「天才少女・篠澤広」ではなく「人間・篠澤広」として評価されたい、褒められたいという欲求がある。そして、彼女が彼女の目に映る世界を表現し、パフォーマンスするアイドルとして世に出れば、その目的は達成されるだろう。誰もが彼女の内面に魅力を感じてファンになるのだから。"目のおく"=彼女の内面世界が"愛おしく呼ばれる"のは、そういう意味合いだと解釈している。
"涙のような熱":目の内側=心の中と解釈すると、涙は「目の中=心から溢れ出るもの」と類推できる。心の奥底から溢れ出る情動、といったニュアンスか。
"わたしの景色は":この直後の"くずれて"に係っていそう? 詳細は後のブロックで。
くずれて
ふれて
ふるえて
選ぶ わたしが
"わたしが"は"くずれて/ふれて/ふるえて/えらぶ"の全てに係っていると解釈できる。;"わたしが""くずれて"、"わたしが""ふれて"、"わたしが""ふるえて"、"わたしが""選ぶ"。
"くずれて":おそらく"わたしの景色"と"わたし"の両方にかかっていて、両者の境界がなくなること、つまり1番サビでは想像の産物だった将来の「わたしの景色」が、実体験となったことを指していると思われる。
"ふれて":くずれた"わたし"と"わたしの景色"を広は自身の内面世界に取り込む。
"ふるえて":あの時想像していた感動を実際に体験し、それが想像していたものとまるっきり同じではなくとも、たしかに広の中には情動が生まれる。
"選ぶ":アイドルはすでに広にとって既知のものになったが、それでも彼女は改めて、自分がアイドルであり続けることを選ぶ。また少し世界を広げた"わたしが"。
本文は以上となる。
終わりに
めちゃくちゃ真剣に歌詞を読み返して書いたのでかなりエネルギーを使ってしまった。だいたい1時間半ぐらい。
改めて思うんだけども、この[光景]とかいう曲の篠澤広に対する解像度はマジで異常なほどに高い。広本人が書いただろ絶対。新人アイドルにこんなバカみたいな当て書き曲渡すんじゃないよ。長谷川白紙さん本当にありがとうございます。
現状篠澤広のコアな部分について書かれたテキストはだいたい読んだつもりだが、なんか漏れがあったらごめんなさい。あくまで「光景」といういち楽曲の歌詞の解釈ということでご容赦を。
始めた時期が9月末かそこらだったのでコントラスト広引くタイミングがなかったので、そこがノータッチになっているのも悔やまれる……ハフバのセレチケでは絶対取ってコミュを読むのでしれっと内容更新してるかもしれません。
それでは今回はこの辺で。